禁欲主義者からの手紙

オナ禁を中心に禁欲的な生活を通して自己実現を目指すブログです。

禁欲の果てにあるもの

禁欲を遂行する上で最高の環境はどこだろう。

僕は「刑務所」だと思う。

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自らの犯した罪を償う場所。

そこでの暮らしは否が応でも禁欲的にならざるを得ない。

・規則正しい生活
・最低限の栄養が保証された質素な食事
・体を動かしながらの刑務作業

 

欲を一切は排除した環境で自ら犯した罪を償い、向き合っていく。

 

あるドキュメンタリーを見たことがある。

TBSの報道特番で放映された

「死刑を免れた男たち~無期懲役囚の実態~」という特集だ。

舞台は無期懲役囚が数多く収容されている「岡山刑務所」

無期懲役というのはその多くがその殆どが生命犯、つまり殺人事件を起こし、世間を恐怖に陥れた事件の主犯で、1審判決死刑、2審で無期懲役という例も少なくないという。彼らは極刑、つまり死刑を免れた受刑者なのだ。

そこでは無期懲役仮釈放が、「目に見える目標」から、刑法の改正などにより先の見えないものとなり、何十年も刑務所暮らしをしている囚人の実態を紹介している。

 

①多くの囚人は健康的な身体になる

そこでは、多くの囚人の健康状態が劇的に改善するという。

それは、刑務所での生活がそうせざるを得ないくらい規則正しいものだからというのが一つの解である。

 

この肉体を見てほしい。

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 余計な脂肪は一切なく、見事に割れたシックスパック、適度に筋肥大した大胸筋、血管が浮き出た腕。

なにより衝撃を受けるのがこの若々しい体の持ち主は50代前半だというから驚きだ。

彼らが体を鍛える事が許されるのは一日30分

その間に彼らはひたすら自分を追い込む。

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なんと発達した背中だろう。

彼らの食事はこういった質素なものだ。

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勿論プロテインなどの栄養補助剤などあるわけがない。

このような質素な食事を一日三回きっちりとり、一日30分の運動であれだけの身体をつくることができるというのは大きな気づきであった。

 

②一つのことを長く追及した結果、名人の域に達する

岡山刑務所の刑務作業の一つに備前焼がある。

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彼らの中には、備前焼の「達人」の域に達するものも多いという。

それは何十年と、ひたすらに目の前の焼き物に集中した結果(これからの先の人生、自分の犯した罪を考えなくてもいい時間、ある意味ゾーンに何度も入ることのできた結果なのかもしれないが)、達人になる。

マルチタスクが当たり前の現代では一つの物事に集中することが難しい。

囚人のこの達人化現象は、一転集中の大切さを教えてくれる。

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 ③精神世界への興味

先が見えない刑務所生活。

自らが犯した罪の重大さ。

これからの生。

そういった現実に直面する囚人は仏教などの宗教にその救いを求めるという。

人を殺める残虐性をもった人間の「生」への関心・執着。

己の欲が一切認められない環境で人間は、「生きるとは何か」という問いに立ち向かわなければならない。答えがでるはずもないその問いを通して、自らの罪と向き合っていく。

 

禁欲の果てにあるもの

刑務所という禁欲的な環境での囚人の変化を追ったドキュメンタリーを見て。

そこにはおそらく「生きる」とは何か?というテーマがあるように思えてならない。

生きるとは?という問いについて考えることは、なにも犯罪を犯して刑務所に入る必要はない。

だが、囚人の生活に学ぶ点は大いにある。

  • 規則正しい生活
  • 腹8分目の質素な食事
  • 一日30分の運動習慣
  • 目の前の仕事(作業)に集中すること
  • 精神世界への関心

これらのエッセンスは、自分の身体を大切にし、「生きる」ことを大切にする。

その上で、

生きるとはなにか?

自分のミッション(使命)は何か?

と、自らに問うていく。

現代人には囚人の生活ほどではないにしろ、「禁欲」的な生活が必要だ。

禁欲は逆説的かもしれないが、たった一度の人生を「豊か」にする。

そんな気づきを、禁欲の実践者である「囚人」から学んだのである。